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2026年03月11日
名建築を壊して生まれたパレスサイドビルという傑作の重圧
目次
皇居のお堀のすぐそばに、白くて丸い巨大な塔を背負った茶色のビルがある。その名はパレスサイドビル。一見すると不思議な形をしているが、この建物が生まれるまでには、ある「伝説の建築」を取り壊さなければならないという、設計者の胃が痛くなるようなドラマがあった。
名建築の跡地に挑んだ設計者の覚悟と貧困の美学
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かつてこの場所には、建築界で名高い「リーダーズ・ダイジェスト社屋」が建っていた。それを取り壊して新しいビルを建てるのだから、失敗は許されない。この凄まじい重圧に挑んだのが、日建設計工務(現在の日建設計)の林昌二だった。彼は限られた予算と時間の中で最高の空間を作る、「貧困の美学」を掲げて設計に取り組んだ。贅沢な材料を使わずとも、知恵と工夫で人々を感動させる。それは、偉大な先代を超えるための、林の静かなる闘志の表れだった。
機能を端に追いやり生まれた空飛ぶ円盤のような空間
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林が繰り出した秘策は、階段やエレベーターなどの設備を、建物の両端にある白い円筒形の塔にすべて押し込むことだった。これにより、オフィスの中は広々とした空間になる。さらに、玄関には「アンブレラ」と呼ばれる大きな庇を広げ、雨樋(あまどい)すらもデザインの一部に変えた。内部に入れば、まるで空飛ぶ円盤の操縦席のようなエレベーターホールや、「夢の階段」と呼ばれる優美な吹き抜けが広がる。これらは単なる飾りではなく、機能を突き詰めた先に生まれた美しさだった。
半世紀を経ても色あせないモダニズム建築の金字塔
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完成したパレスサイドビルは、単なるオフィスビルを超えた存在となった。1999年には、日本の近代建築の傑作を選ぶ「DOCOMOMO20選」にも選ばれている。茶褐色のレンガと白い塔のコントラストは、今も皇居の緑に映え、働く人々や訪れる人々を魅了し続けている。名建築を壊して生まれたビルは、自らもまた、時代を超える名建築となったのだ。
このビルの本当の魅力は、中に入ってこそ分かる。細部まで宿る設計者の魂と、使い手への愛情。パレスサイドビルは、効率優先の現代において、建築がいかに人の心を豊かにできるかを、無言のうちに語りかけてくる。
パレスサイドビル
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| 所在地 | 東京都千代田区一ツ橋1丁目1−1 |
|---|---|
| 階数 | 地上9階、地 下6階、塔屋3階 |
| 敷地面積 | 11,275㎡ |
| 延床面積 | 119,625㎡ |
| 建築面積 | 8,596㎡ |
| 着工年月 | 1964年7月 |
| 竣工年月 | 1966年9月 |
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関連企業
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| 設計者 | 日建設計工務株式会社(現・株式会社日建設計)・林 昌二 |
|---|---|
| 施工者 | パレスサイド・ビル新築工事共同企業体(株式会社大林組、株式会社竹中工務店) |
| 管理運営 | 株式会社毎日ビルディング |
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技術・工法
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| 構造 |
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|---|---|
| 規模 | 地上9階、地 下6階、塔屋3階 |
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