お役立ち情報
2026年02月04日
今はなき日本橋御幸ビル、再開発で消えた建築美
目次
かつて東京・日本橋に、茶褐色のレンガ壁が連なる異形の建築物が存在していた。1975年に竣工した日本橋御幸ビル(にほんばしみゆきビル)※である。隣接する安井武雄設計の野村證券日本橋本社ビルが「軍艦」と称されるのに対し、窓を極限まで排除したその外観はまさに「要塞」。日本橋御幸ビルは半世紀近くにわたり、銀行拠点としてこの地の景観を形作ってきた。
窓を排したレンガ壁と鋭利な造形美
>>>>

<<<<
日本橋御幸ビルの最大の特徴は、壁面の大部分を占める窓のない茶褐色レンガである。構造物全体が巨大な壁のようにそびえ立つ一方で、入口付近には鋭角なデザインが施されている。見る角度によって表情を変える複雑な形状は、一見しただけでは全体像がわかりにくいのも特徴の一つだ。
村井銀行から引き継がれた歴史的遺構
>>>>

<<<<
この敷地にはかつて、吉武長一の設計による村井銀行社屋(1913年竣工)が存在した。村井銀行自体は昭和初期に倒産したが、その歴史の断片は日本橋御幸ビルの出入口部分に組み込まれる形で保存されている。大正期の建築様式を伝える石造りの遺構と、昭和のモダニズム、そして現代の銀行業務が混在する空間は、日本橋という土地が積み重ねてきた重層的な都市の記憶を象徴する希少な事例といえる。
再開発計画による広場化と消えゆく街並み
>>>>

<<<<
日本橋一丁目中地区の再開発計画に伴い、日本橋御幸ビルはその役割を終えた。都市計画によれば、隣接する野村證券旧館は歴史的価値が考慮され保存活用される方針だが、日本橋御幸ビルが建っていた三角形の土地は地上広場へと整備されている。
日本橋御幸ビルは、特定の時代における銀行建築の思想を体現した構造物である。窓を排した強固な外装と、過去の遺構を内部に取り込む手法は、都市の更新と継承の在り方を問いかけてきた。再開発による解体が進めば、この地に刻まれた大正から昭和、平成に至る建築史の連続性は失われる。歴史的建築物の保存と都市機能の刷新という相反する課題を、改めて再認識させる建物である。
日本橋御幸ビル
>>>>
|
所在地 カテゴリ エレベーター 駐車場 |
東京都中央区日本橋1丁目7−17 オフィス 地下3階・地上11階、塔屋2階 駐車場台数 |
|---|---|
|
敷地面積 延床面積 建築面積 |
1,464㎡ 14,018㎡ 1,125㎡ |
|
竣工年月 |
1975年3月 |
<<<<
関連企業
>>>>
|
発注者 設計者 施工者 |
株式会社東海銀行 / 新東昭開発株式会社 株式会社日建設計 株式会社竹中工務店 / 株式会社大林組 / 戸田建設株式会社 |
|---|
<<<<
Share