キャリア
2026年04月24日
AIに代替されにくい「価値ある本物の技術」を次世代に継承していく
この記事のポイント
- 造園会社で現場の「いろは」を学んだ
- ハウスメーカーでエクステリアデザイナーとして躍進
- オンとオフを明確に分ける生活で健康を維持
目次
幼少期から抱いていた「ものづくり」への強い興味から建設業の道に進んだ澤田剛明さん。経営者だった祖父の影響もあり昔から独立志向が強かったという澤田さんは、公共事業をメインとする造園会社や、大手ハウスメーカーに勤めた後、36歳で独立し、SAWAZ株式会社を創業した。「最もやりがいを感じるのはお客様の満足感をうかがえた時」と言う澤田さんに、現場職人からエクステリアデザイナーに転身した理由、独立に至った経緯、今後の展望などについて話してもらった。
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「ものづくり」に対する強い興味から建設業界へ
私が建設業界、とりわけ造園分野へ関心を持つに至った背景には、幼少期から抱いていた「ものづくり」に対する強い興味がありました。クレヨン画やデッサンなどを好み、創作活動に没頭する時間を大切にし、高校時代にはバスケットボール部に所属しながら美術部にも在籍して作品展に出品するなど、積極的に表現活動に取り組んでいたのです。その関心は一過性ではなく継続的なものであり、将来は「自分の手で何かを生み出す仕事」に就きたいという意識が自然と芽生えていきました。
また、母方の祖父が大工であり、自らの家を手作りする姿を間近で見て育ったことも、建設業を志す大きな要因となりました。数ある建設業種の中でも、植物を扱いながら形に残せる造園業に惹かれ、学業修了後に地元の造園会社に就職したのです。そこから約10年間、大阪を拠点に造園の基礎から応用まで、現場での「いろは」を徹底的にたたき込まれる修業時代を過ごしました。また、父方の祖父がアパレルの経営者であったため、その影響で将来的に独立することも考えるようになり、22歳の頃には10年後に独立するイメージを具体的に描き始めました。
修業時代には、公共事業をメインとする造園会社にも在籍しました。その会社では公園を丸ごと造り上げるような大規模な土木・造園工事に従事し、コンサルタントが作成した図面を読み解き、現場を動かす「現場代理人」としての実務を経験しました。その時期に信頼できる「兄弟子」と出会い、奥の深い造園業により一層のめり込むとともに、組織的な現場運営の基礎を習得したのです。
約10年の修業期間を経てハウスメーカーに転職
そうした中で再び浮上してきたのが、もともと興味を持っていたデザイン分野への関心です。それまでは他者が設計した図面に基づいて施工する立場で仕事をしていましたが、次第に「自分で設計し、提案する側に回りたい」という思いが強くなっていったのです。そのためには造園や外構に関する知識を体系的に学び直す必要があると考え、技術に加えて設計力や提案力の習得に取り組むようになりました。
兄弟子から「もっと広い世界を見たほうがいい」という助言を受けたことがきっかけとなり、28歳で大手ハウスメーカーに転職しました。中途採用の厳しい関門を突破するため、猛勉強して高倍率の選考を突破し、地元を離れて東京へ移住したのです。この転職により、それまでの職人中心のキャリアから、設計や提案を担うデザイナーとしての新たなステージへと進むことになり、私の人生において大きな転機を迎えました。
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顧客に求められるものを提供することに苦労した
大手ハウスメーカーに入社し、デザイナーとして働き始めて最も苦労したのは、自分の感性を表現することではなく、顧客の要望を正確にくみ取り、それを形にするプロセスでした。それまでの「作りたいものを作る」というスタンスから、「求められるものを提供する」スタンスへの転換に戸惑いを感じたのです。特にヒアリング力や提案力の不足を痛感し、営業スキルの重要性を強く認識するようになりました。
そして実際、営業や接客スキルの不足から、本来希望していたエクステリアデザインの部署から施工管理部門への異動を経験することになったのです。しかし、そこで腐ることなく、職人経験を活かして現場を円滑に回し、職人たちからの信頼を勝ち取ることができました。この約2年間の「現場回帰」が結果的に、後のデザイン業務における「施工を考慮した確実な提案」という強みを育むことになったのだと思っています。
エクステリアデザイン部署への復帰を諦めず、上層部に直談判を繰り返したところ、その熱意が認められて復帰を果たすことができました。復帰後はトップ営業の下で徹底的に学び、その手法を忠実に再現することで急速に成長することができました。成功している人のやり方を素直に吸収し、実践する姿勢が功を奏し、短期間で成果を上げられるようになったのです。結果として全国規模の表彰を受けるなど、デザイン・営業の両面で高い評価を得るに至りました。
税務や会社経営の勉強に励み、独立を果たした
会社員として成功を収める一方で、組織改編による体制変化や、多忙を極める生活に疑問を感じ始めるようになりました。「一生この生活を続けるのか」と自問自答し、独立計画を始動したのです。税務や会社経営の勉強を並行して進め、上司に対しても独立の意志を伝え続けました。会社側からは慰留されましたが、2022年5月に満を持して独立を果たすことができました。
独立後は当初、現場の仕事を中心に活動していましたが、顧客からの要望に応じて再びデザイン業務が増えていきました。昼間は現場で作業し、夜は設計や打ち合わせを行うという非常に過酷な生活が続き、特に2年目は体力的にも精神的にも最も厳しい時期でした。その後、信頼できる仲間を迎え入れることで業務の分担が可能となり、徐々に体制を整えていきました。現在、私自身はデザイン業務に専念しつつ、施工はチームで対応する形へと移行しています。SAWAZ株式会社の最大の特徴は、営業、デザイン、設計、施工管理、そして実際の施工までを自社で完結できる点にあります。これにより、デザインの意図が現場に正確に伝わり、顧客の期待を上回る空間を実現できています。
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最後まで「顧客に寄り添う」姿勢を貫きたい
私は今も忙しい日々を送っていますが、独自の生活リズムで健康を維持するように心がけています。毎朝3時に起床して自宅のホームジムで筋トレを行い、6時には出社。午前中に重要なタスクを全て終わらせる「超・朝型」スタイルを徹底しています。17時や18時には仕事を切り上げ、家族との時間を確保するなど、オンとオフを明確に分けることで、肉体的・精神的に良好な状態を保ち続けています。
今後、AIの普及により図面作成などは効率化されるでしょうが、石の配置や微細なしつらえといった「現場の勘と技術」は代替不可能であると考えています。高齢化による技術途絶を危惧しており、いかにして次世代に「本物の技術」を継承していくかが建設業界全体の課題であると考えています。私も当社の事業を通じて価値のある技術を守り、それを若い世代へ伝えていく責任を感じている次第です。
将来の展望としては、安易なチェーン展開は行わず、自社のブランドと技術の質を維持しながら組織を強化していく所存です。50歳までには、私がいなくても自律的に回る強固な経営基盤を構築し、経営者としての役割を全うすることを目指しています。地域にお金を回し、若手を育成することで当社が拠点を構えている足立区に貢献し、最後まで「顧客に寄り添う」姿勢を貫くつもりです。
※2026年3月に取材した内容に基づき、記事を作成しています。
この記事でキャリアした方のプロフィール
- 氏名:澤田剛明(さわだ たかあき)氏
- 所属企業名:SAWAZ株式会社
- 従業員数:約4人
- 職種:代表取締役/造園施工管理技士・エクステリアデザイナー
- 年代:40代
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